大人の芸術講座 11


カルチャー教室向け技法編

 

絵は人と人をつなぐコミュニケーション

人に伝わる絵と伝わりにくい絵

 

 絵を習い始めた頃のことを思い出してみると、とにかく、しゃにむに対象を観察して、それを出来るだけそっくりに写しとってやろうと、まあそんな気持ちで頭がいっぱいだったと記憶していますから、現在絵を学んでいる皆さんも同じようなことではなかろうかと推察します。けれども長いこと絵を描いていると絵を描くことはそんなことではないのだ、ということがだんだんわかってきたような気がしています。いや、誤解しないでください。そっくりに写しとらないことが絵だと言っている訳ではありません。もしもそっくりに写せたとしても、それでは十分ではないことがある。その絵を観る人が納得できなかったり、共感できなかったりすることが起こり得るということが言いたいのです。

 今、私は「絵を観る人」という言葉を使いましたが、それこそが絵を知る上での重要な部分を占めます。つまり、絵とは絵を描く者と、それを鑑賞する者の両者があって、初めて成り立つものだということです。私個人で考えても、コンクールに出品することもあれば、個展でたくさんの人に観てもらうこともありますし、絵画教室で習っている方々でもグループ展に出品したりするといろんな人に観てもらう機会があります。また、孤独に絵を描き続けたと言われる、ゴッホやセザンヌでさえ誰かに評価されることを望んでいたはずです。共感されることを嬉しく思わない絵描きは誰一人としていないでしょう。絵は自分の中だけで完結するものでは決してないのです。

 しかし、最初のうちはとにかく絵を写すことに精一杯で、人が見てどう思うかまではなかなか想像しにくいでしょうから、具体的にどうすれば共感されやすくなるかをお話ししたいと思います。

 

 まず静物画を描く際に用いるモチーフの選び方ですが、人に共感を与えるには100人が100人とも知っているような、見慣れたモチーフを選ぶのがいいでしょう。逆にその家にしかないような珍しいもの、見慣れないものは共感されにくくなります。

 

 例えば、ワインの瓶なんかは見慣れてますし、よく静物画で用いられます。では、ワインの瓶の丸みやガラスの透明感を絵で人に伝わりやすくするにはどうすればよいでしょう?

 瓶を真正面から見た場合(図1)と、ラベルが横向きなっている状態(図2)とを比べてみてください。図2の横向きの場合は瓶の端へ向かうほど文字の横幅は詰まってきて、縦に長細く見えます。そのことが瓶の丸みを感じさせる手がかりとなります。また瓶の裏側にもラベルが回り込んでいるのが少し見えますから、このことによって益々丸みを感じられますし、ラベルの裏側が見えることによってガラスの透明感も同時に伝えることができます。

 

 また、光の表現も写実絵画では重要な絵の要素となります。光が絵から伝わるように最初から作者が目論見を持って描きださなければ、そうそう人に共感を与えることはできません。

3と4を比べると目論見があるかないかの違いは歴然としています。図3は光が正面からあたっており、バックやテーブルが暗めであることから、モチーフはただ白っぽく見えているだけにしか感じられません。図4は光を横からあて、バックも白っぽい場所を選んでいるために、モチーフの光と影の変化がよく感じられるでしょう。これなら人に伝わらないはずはありません。

 

 次にそこに鉛筆を1本足してみました。鉛筆を下に置いただけのもの(図5)に比べると、トイレットペーパーに鉛筆を立てかけたもの(図6)は、鉛筆の影がトイレットペーパーの表面に生まれることで日時計のように光の方向を示すことができましたし、両者の距離感も影の形によってわかる訳で一石二鳥というところでしょう。

 

 いかがでしょうか?ただ一生懸命に写せば人に伝えられるというのではなく、ちょっとした工夫、演出によって伝わりやすさが全然違ってくるのだということを知っておいてほしいと思います。絵は人と人とのコミュニケーションの場なのです。

 

 

 最後に、風景画のいくつかの場面で考えてみましょう。風景といえば、何と言っても遠近感が大事。描写力に関係のないところで、伝えにくくなったり伝えやすくなったりと、ちょっとした視点の差で違ってくるのです。

 

 図Aが遠近感が伝わりにくい図。図Bが伝わりやすい図です。何が違うか、いろんなところを見比べてみてください。まず屋根のところでは、図Aは正面と側面が一直線になっているので立体的に見えにくいですが、図Bの2軒では角度が変わっているので立体的に伝えやすいと思います。そして、階段。図Aは段々のところが手前の塀で完全に隠れているのでまったく階段には見えません。とにかく、絵の中でこういう状態は避けるべきですが、相手に伝えたいという思いがなければ、結構こういうことが偶然おきてしまいます。